プロを目指すバレリーナが本業として舞台で踊らなくなる6つの理由

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トウシューズ

これは、バレエに限らず芸術系の職業なら、すべてに当てはまる内容なのかもしれません。

美術についてこの状況を考察された、Hideki工房さんのブログ記事をご覧ください。

芸大・美大生が卒業後に本業として絵を描かなくなる6つの理由

この内容はバレエに置き換えて読んでも頷けるかもしれません。


『「努力は必ず報われる」とは言えない。それでも努力するならこの道に来なさい。』

とでも言いましょうか。

努力にもいくつか選択肢があります。

・自分の求める芸術活動のみで生計を立て、表現もする。
・自分の求める芸術活動の表現を続けるために、生計は別な仕事で立てる。
・自分の求める芸術活動を他に換えて、それで生計を立て表現もする。

など。

芸術表現は、それを評価してくれる人がいないと成立しません。

バレエなら、無人島で踊ったとしてそれはバレエといえるか?

ということです。
少なくとも次の三つは必要。

・踊り手
・観客
・場(舞台や会場)

そこに、踊り手から観客へ何かを表現し、「それいいね!」と評価を貰えることで成立する。

ということは、観客一人一人からもらえる評価の総量がその人の芸術家としての価値となります。

これがある一定レベルを超えると生計が成り立つ。

大当たりの映画のように、大勢の観客を動員し、大いに感動してもらえると、興行成績が良くなる(=価値が高い)。

「なんか退屈だなあ〜」

と感動が薄いと、最初は宣伝で大勢集まったとしても、興行成績は悪くなる(=価値が低い)。

この観客の数と感動の深さの掛け算で興行成績が決まるというわけです。

表現する側からすると、自分の世界観を表現しきれるよう努力を重ねます。

でも、観客は努力を見て感動するわけではない。

ここが現実の厳しい所。

例えば、のど自慢で、上手な人(Aさん)と音痴な自分が歌ったら、お客さんはどちらを高く評価するか。

ここでは、キャラが面白いとかはなしです。

その場では、両者に温かい拍手が送られるかもしれませんが、

「次回からは有料で」

となったらどちらを選ぶでしょうか?

負けた自分が勇気を出してAさんに質問。

自分「どうしてそんなに上手に歌えるの?」

Aさん「えっ!ただ大声出してるだけだけど!?」

とか言われてしまって、努力しても到底かなわない(~_~;)と痛感させられる。

こんな感じで、

「ただ大声を出しているだけ(本人談(^^メ)」

で上手に歌えてしまうAさんと、カラオケ道場に1年間通った自分がのど自慢で負ける(~_~;)ということは十分起こりえます。

間違っても、観客に向かって

「私は1年間必死に努力してきたんです!」

とか言ったら、マイナス評価を受けかねません。

これが物語るもの。

それは、観客は努力に興味はないということです。

では、努力は誰からも評価されないのでしょうか?

いいえ、恐らく評価する人がいます。

それは、たいてい表現する側の人です。

バレエで言えば、ダンサーや教師、振付家など、バレエを作る側、表現する側の人間からは評価される可能性が高いです。

価値を提供する側という同じコミュニティにいるからですね。同じ痛みがわかる仲間ですから。

自分ができないところまで努力できていることへの賞賛もあるでしょう。

一方、観客は対極のコミュニティにいます。

ダンサーが努力したかどうか、なんて興味ありません。

自分がどれだけ感動できたか、楽しめたか?

つまり、自分がどれだけ価値を受け取れたのか、の方が重要です。

ということは、バレエ公演には、二つの評価が常に存在します。

1. 提供する側の評価(あのダンサーは努力家だ。素晴らしい)

2. 受け取る側の評価(あのダンサーに感動した。素晴らしい)
です。

芸術家が本業として活動を続けるには2の評価が高くないとダメです。

1が高いか低いかは関係ありません。

「そんなこと言われたら、もともこうもない(`´)」

はい、そうなんです。

でも、たまにそれができている人がいますね。

自分の世界観を表現して大ヒットを飛ばす歌手とか、美術家とか。

もちろん、ダンサーにもいます。

ただし、全体の1%にも満たない数だと思います。

例えば、50人集まるワークショップを開いたとして、1%なら全滅もあり得る(~_~;)、ということ。

次の50人の中に1人いるかもしれないし、いないかもしれない。という感じ。

それが厳しすぎて、志半ばで挫折してしまう人もいるでしょうし、無謀な努力を続け自滅してしまう人もいるでしょう。

それでもその夢を追う人が絶えないのは、芸術表現の持つ素晴らしさが他に代えがたい喜びだからだと思います。

バランシン・バレリーナの一人メリッサ・ヘイデン曰く

「踊りを学ぶことで、
あなたはすべての中で最高の自由を獲得できる。
あなたのすべてで、
あなたという人を表現すること。」
*

「最高の自由」が獲得できたら、それこそ最高ですよね。

では、この状況をどう打破するか?

少なくとも個人の努力次第で全てが解決できるほど単純ではありません。
周りの協力が必要です。

でも、本人にはこう言っておきます。

『「努力は必ず報われる」とは言えない。それでも努力するならこの道に来なさい。』

なぜなら、これが事実だから。
間違っても、

「大丈夫。努力は必ず報われるから。」

なんて無責任なことは言わない。

そのうえで、一人でも多くの才能を開花させるために出来ることは次の三つかなと思います。

案1) 生まれつき条件の良い生徒を沢山集める(舞台に立つだけで観客は感動する)。
案2) 満たない条件を克服する知恵を先人が与える(磨かれた才能を発揮することで観客は感動する)。
案3) 興行成績と関係なく活動を経済的に支援する(感動する観客はいるが興行的に十分とはいえない。それでも大丈夫)。

ただし、あくまでも「出来ること」であって、結果を保証するものではありません。
それでもこれらを実施することで、開花する才能が増えることは間違いない。

案1は、海外の国立バレエ学校などが実施しているオーディションと強制退学という制度です。
案2は、本人の努力に加え、指導者やトレーナー、治療師が能力を発揮することで可能となります。
案3は、国や地方自治体、資産家あるいは一般の個人などが資金援助することで可能となります。

この中で、案1は本人の意思や情熱が反映されないので、脇に置きます。ただし、実施すれば、成功確率が間違いなく高くなる制度です。

すると、プロを目指すバレリーナが本業を目指す上で助けとなるのは案2と3になります。

こうなってくると、バレリーナ本人がどうこうという問題ではなくて、バレエを提供する側、受け取る側(観客)、それらが属する社会が関わってくる問題となります。

案2は、教師個人、トレーナー個人の活動である程度機能するし、実際に機能していると思います。

そこに、案3が加わることで、その活動に拍車がかかります。

昔は案3の役をパトロンが果たしていました。

現代は、資産家に頼るだけではなくて、企業や個人の寄付も可能性としてはありです。

以前、アメリカの小さなバレエ団の教室に通っていたことがあるのですが、バレエ教室が普通に寄付を受け付けているのを見たことがあります。日本にはあまりない習慣かなと。

そして、案3のもう一つの形が、補助金・助成金となります。

ダンサー個人としては、あまり馴染みがないかもしれませんが、個人でも使えるものがあるのは事実です。

補助金・助成金は大小色々ありますが、ほとんどのバレエ団と多くのバレエ学校・教室が活用しています。

組織じゃなくても大丈夫。

ダンサー、指導者、トレーナー、治療師など個人でも活用できるものがあります。

まもなく募集開始となるのがこちら

その勉強会は昨日開いてしまいました^^;

【参加者の声】
「知らないことを知れたのは良かったです。書類をもう少し書きたかったです。(バレエパーソナルトレーナー、猪野恵司 様)」

※猪野様は翌年、2度目の申請をし見事に採択されました。

また開くかもしれません。
日本により良いバレエ教育環境を。

* 典拠『ダンサーとダンス教師のための解剖学マルチメディアコース』デボラ・ボーゲルより

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